
現在、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する手段として「ローコード」や「ノーコード」が急速に注目されています。
従来のアプリケーション開発に比べ、圧倒的に短期間かつ少人数での構築が可能となるこれらの手法は、単なる一過性のトレンドではなく、30年以上にわたる進化の帰結として、今まさに「真に使える技術」へと変貌を遂げています。
この記事では、ローコード開発の歴史を紐解きながら、なぜ現在になって再評価されているのか、またそれがソフトウェア開発のパラダイム転換にどう関与しているのかを掘り下げていきます。
ローコード的な思想は1980年代後半、GUI(Graphical User Interface)ベースの開発を可能にしたRAD(Rapid Application Development)ツールに始まりました。
1990年代は、アプリケーション開発のあり方が大きく変化し始めた時代です。従来のウォーターフォール型開発モデルや文字ベースの画面構成から、GUIを持ち、開発プロセスを可視化・短周期化できるRADツールが急速に普及しました。
《この時代の代表的なツール》
Delphi(Borland):高速コンパイルと豊富なコンポーネントで注目を集める
PowerBuilder(Sybase → 現在はSAP傘下):データベース連携が得意で、業務システム開発に広く利用される
Microsoft Visual Basic:GUIを直感的に配置し、イベント駆動型の開発を可能にしたツール
これらのツールは「画面部品を組み合わせ、少ないコードでアプリを作れる」という思想を体現しており、現在のローコードの源流と言えます。
当時は業務のPC化が進む一方で、情報システム部門の人手不足が深刻化しており、そうした背景から、RADツールは「非エンジニアでも開発に参加できる」ことを掲げて登場しました。
2000年代には、業務プロセスの可視化・自動化を目的とした BPMS(Business Process Management System) が台頭しました。
ワークフローのGUI設計、BPMN(Business Process Model and Notation)による業務プロセスのモデリングなど、後のローコードに通じるビジュアル主導のアプローチが取り入れられました。
一方で、BPMSを活用するにはモデリング言語の理解や複雑な業務ルール設計のスキルが不可欠であり、「開発者以外の誰もが自由に扱える」状態には程遠いものでした。
そのため、当時のBPMSは主に大企業の全社業務改革や内部統制対応といった領域で利用されましたが、実用面では導入・運用の難易度が高く、幅広い現場ユーザーに浸透するまでには至りませんでした。
2010年代は、クラウドコンピューティングとモバイル端末の普及がITの一般的な潮流となり、クラウドを前提とした業務システムやアプリ開発が急速に広がりました。
クラウドにより、サーバー設置や保守管理が不要になったことで、初期導入コストを抑えつつ迅速にシステムを立ち上げられるようになりました。これに伴って、開発期間や投資リスクが低減し、ローコード/BPMSツールの利用価値が一段と高まりました。
また、業務アプリはクラウド+モバイル対応が前提に設計され、ローコード的アプローチも一般化したことで、直感的なGUIやドラッグ&ドロップで業務アプリを構築できるプラットフォームが増加しました。
この時代の特徴は、単なる「業務プロセスの自動化」から、「どこでも使える、迅速に立ち上がる業務アプリケーション」へとニーズが変化したことにあります。
2014年ごろ、「ローコード開発」という言葉が業界標準として定義されました。
「最小限のコードでアプリケーションを開発できる手法」というローコード開発の概念が明確に整理されたことで、開発者だけでなく業務担当者も参加できる開発手法として認知されるようになりました。
また、企業はDX(デジタルトランスフォーメーション)推進やビジネス環境の変化に迅速に対応する必要性が高まり、より効率的な開発手法を求め、エンタープライズ市場での導入も本格化しました。
こうした動きにより、ローコードは単なる「速く作れるツール」から、「企業のDXを推進する戦略的プラットフォーム」としての地位を確立しました。
《主要なローコード製品と位置づけ》
OutSystems: 高度な拡張性、DevOps対応、エンタープライズ向け
Mendix(Siemens): IoT/産業系に強み、柔軟な連携
Microsoft Power Platform: Microsoft製品群との親和性、ノーコード機能も充実
Salesforce Platform: CRM起点の業務アプリ構築に最適
ソフトウェア工学は今、「モジュラ構造の組み合わせ」というパラダイムへと向かいつつあります。
これは、建築の世界で言えば「モジュール建築」によく似ています。
たとえば家を建てるとき、昔は柱や梁を一から切り出して組み上げていました。
一方、現代の建築では「部材(柱、梁、床)」をあらかじめ標準化し、それらを再利用・組み合わせることで、工期を短縮しつつ、品質を保ちながら効率的に家を建てています。設計と構築の生産性と柔軟性を両立するというアプローチです。
ローコードはまさにこのモジュール志向の設計思想を体現しています。
事前に整備されたUIコンポーネント(画面部品)やデータモデル、ワークフロー機能を「ブロックのように組み立てる」だけで短期間で高品質な業務システムが完成するのです。
《このアプローチのメリット:建築での例えで説明》
再利用可能なロジックの蓄積と共有:
建築でいえば「標準化された部材を在庫として使い回せる」ことと同じ
設計・実装・テストの高速化:
部材それぞれの規格が統一されているため、組み立てが早い
非開発者(業務部門)との共同設計が可能に:
部材のカタログを見ながら施主(=業務担当者)と一緒に家の設計ができる
このように、ローコードは「ゼロから作る大工仕事」ではなく「標準化された部材を組み合わせて作るモジュール建築」と同様、スピードと品質・保守性を同時に実現する現代的アプローチといえるでしょう。

ローコードは、プログラムを書くという従来の開発者像を再定義しつつあります。
これからの開発者は、従来のように「仕様を把握して実装する職人」ではなく、設計思想を持ってモジュールを選択・組み合わせ・最適化する「建築家型エンジニア」となるべき時代です。
つまり、部品をどう組み合わせれば効率的で高品質なシステムになるかを考え、全体を設計し監督する人 へと変わるのです。
《求められる姿勢の変化》
「コードを書く力」中心 → 「設計と品質を保証する力」へ
「実装を主導する立場」 → 「モデルやプロセスを主導する立場」へ
「技術の専門家」 → 「ビジネスと共に価値をつくるパートナー」へ
また、昨今ではAI駆動型開発機能を持つローコード製品(例:OutSytems AI Mentor など)が普及しつつあり、SEや開発者の役割やスキルには劇的な変化の波が訪れています。
過去のRADやBPMSと比較し、現代のローコードは設計思想・アーキテクチャ・運用体制において格段に成熟しており、単なる開発効率の向上にとどまらず、組織全体の働き方や業務プロセスにまで影響を与える力を持つようになっています。
例えば、OutSystemsのようなローコードプラットフォームは、単なる「開発支援ツール」ではありません。これは、開発者の役割やスキルのあり方、そしてビジネス部門との協働の仕方そのものを根本から変えるインフラといえるでしょう。
技術者だけでなく、業務担当者もアプリ開発に関与できることで、現場の課題をスピーディに解決する力が生まれます。
このような変化の中で、情報システム部門やCIOの皆様には、従来の「技術選定者」としての役割に加えて、「変化を推進する実行者」としての意思決定が求められています。ローコードは、単なるツールではなく、企業の競争力を高めるための戦略的な選択肢となっているのです。
2025/10/20 | カテゴリ:アプリケーション・実⾏基盤
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