人手不足と高齢化がもたらす水門管理の課題
~地域防災の持続可能性を考える~

日本はかつて「治水技術大国」として知られ、河川整備や水門の設置を通じて洪水や水害の被害を減らしてきました。

とりわけ戦後から高度経済成長期にかけては、農業用水や都市排水を制御するために数多くの水門が整備され、地域の暮らしを支えてきました。しかし、気候変動の影響で豪雨災害が増える中、その管理を担う人手の不足と担い手の高齢化が深刻な課題となっています。

今回は、地域の水門管理における人手不足・高齢化の実態と、それがもたらすリスクを掘り下げたうえで、今後の方向性について考えていきます。

水門管理の現場構造

水門管理は、地域の規模や河川の種類によって担当主体が異なります。農村部や中小規模河川では、土地改良区が中心となって水門を管理しています。土地改良区は、農業用水の供給や排水調整を目的に設立され、地域住民や農家が組合員として運営に関わります。自治体が管理する場合は、河川管理の一環として市町村職員が水門の開閉を行います。

いずれの場合も、現状では「人が現地に赴き手で操作する」という方法が基本です。水門は幅数メートル程度の小型のものが多く、電動化や自動化が進んでいないため、ハンドルなどを人が手で回してゲートを少しずつ上下させる必要があります。作業自体は単純ですが、特に集中豪雨時には迅速な操作が求められるため、経験や判断力が重要になります。

さらに、操作対象の水門は地域ごとに分散しており、広範囲にわたる河川網を少人数で管理する必要があります。そのため、天候や水位の状況に応じ、迅速に複数の水門に対応しなければならないのです。

手動水門を開閉する際に操作するハンドル


          高齢化と人手不足の実態

          国土交通省や農林水産省の調査によると、地域インフラを支える担い手の高齢化は深刻な状況です。土地改良区の役員やオペレーターの平均年齢は60代後半に達している場合もあり、若い世代の農業離れや都市部への人口流出が進む中で、後継者の確保は非常に難しい状況です。

          自治体においても事情は似ています。特に地方の市町村では、職員数が限られているため、河川や水路の管理は通常業務と兼務で行われています。豪雨や台風などの非常時には、短時間に複数の水門を確認・操作する必要がありますが、人員が足りず十分な対応ができないケースが増えています。

          加えて、高齢の管理者は体力面でも負担が大きく、悪天候下での作業は身体的リスクを伴います。これにより、操作の遅れや事故のリスクが高まるだけでなく、水門管理そのものが地域社会にとって脆弱な状態に置かれる可能性があります。


                  豪雨災害が頻発する時代のリスク

                  気候変動による豪雨災害の増加は、以下のようなリスクが、従来の管理体制に大きな負荷をかけています。

                  1.水門操作の遅れによる洪水リスク
                  集中豪雨や線状降水帯が発生すると、水位は短時間で急激に上昇します。現場に到着するまでに時間がかかれば、氾濫や内水被害を防ぐための適切な操作が間に合わない恐れがあります。

                  2.作業者自身の安全リスク
                  高齢の管理者が深夜や悪天候の中で現場に向かい、冠水した道路や強風下で水門を操作することは非常に危険です。過去には水門操作中の転落や機械による事故も報告されており、現場の安全確保は喫緊の課題です。

                  3.管理体制における持続可能性のリスク
                  高齢の管理者が退任した後、後継者が確保できなければ、水門の運用そのものが維持できなくなる可能性があります。これは単なる労務の問題にとどまらず、地域防災力の低下に直結する深刻な課題です。


                          地域ごとに異なる課題の現れ方

                          人手不足や高齢化の影響は、以下のように地域の特性によって異なるため、それぞれの地域特性に応じた柔軟な対応策が必要となります。

                          1.農村部
                          農繁期に作業が集中し、水門操作が後回しになることがあります。特に、雨量が急増した際に適切なタイミングで排水が行えないケースがあります。

                          2.都市周辺の中小河川
                          人口密集地に直結するため、対応が遅れると浸水被害が広がりやすく、短時間での判断と操作が求められます。

                          3.中山間地
                          地理的に現場が分散しているため、少人数で広域をカバーする必要があり、アクセスが困難な地域では迅速な対応がさらに難しくなります。

                          こうした特性からも、従来の「地域の人が体を張って守る」という方法では、もう限界が見え始めています。

                                  解決の方向性

                                  人手不足と高齢化の問題は一朝一夕に解決できるものではありません。そのため、複数のアプローチを組み合わせることが重要です。

                                  1.人材育成や継承の強化
                                  若年層や地域住民に水門管理の重要性を伝え、担い手を育てる仕組みを構築することが必要です。地域の防災教育に水門管理を組み込むことで、自然災害への意識向上にもつながります。

                                  2.地域間連携の推進
                                  複数の自治体や土地改良区が連携し、広域で管理を分担する体制を整えることが効果的です。人的リソースを効率的に活用し、災害時の迅速な対応を可能にします。

                                  3.地域防災全体との連携
                                  水門管理だけでなく、堤防整備や雨水排水計画、住民への避難情報発信といった地域防災全体との統合的な取り組みが求められます。技術と人材の両面から持続可能な防災体制を構築することで、地域社会全体の安全性を高められます。

                                  4.ICT導入による効率化
                                  遠隔監視システムや自動制御技術を導入することで、人手に依存しすぎない仕組みを構築できます。遠隔操作により、少人数でも複数の水門を効率的に管理でき、豪雨時の即応性も向上します。また、水位や流量をリアルタイムで確認することで、予測に基づく計画的な排水操作も可能になります。

                                  こうしたアプローチの中でも最近注目されているのが、ICT導入による水門の管理・運用です。IoT技術により現場に行かずに水位や水門の状態をリアルタイムで把握できるため、迅速なトラブル対応が可能になり、水門や水位の監視の「質」と「スピード」を飛躍的に高められるようになります。

                                          まとめ

                                          水門管理における人手不足と高齢化は、今後ますます深刻化することが予想されます。これは単なる労務上の問題にとどまらず、地域防災力や住民の安全に直結する社会課題です。

                                          従来の手動管理に加え、地域協力体制の強化、そして若い世代への知識・技能の継承なども必要ではありますが、今後は人手不足を前提とした新しい発想として、ICT技術の導入による監視・制御システムやその運用体制を構築することも、水門管理の持続可能性を支える鍵となるでしょう。

                                          地域全体で知恵や新しい技術により、安全で安心な社会を守る取り組みが、これからの時代に求められています。

                                          関連ページ:水門開閉監視遠隔制御システム

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                                          2025/10/20 | カテゴリ:IoT・センシング

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